THUNDER LESSON !

【口上】平成30年1月 市川海老蔵「にらみ」相勤め申し候 初春歌舞伎公演(新橋演舞場)

口上

歌舞伎の口上(こうじょう)とは、舞台上の役者からお客様へのご挨拶のことです。初舞台や襲名披露など特別な公演のとき、お芝居の途中で進行を一時ストップして、役の衣装のままご挨拶することもあれば、口上のための一幕を設けて、役者が裃(かみしも=洋服でいうスーツ。正装です)を着た改まった姿で臨むこともあります。1月の新橋演舞場公演の昼の部では一幕を設け、海老蔵から皆様に新年のご挨拶をさせていただきます。

油付き研ぎ出しの鉞の鬘に、三升紋付の裃姿。裃の色は、柿渋(かきしぶ。渋柿を絞って採った液)を使って染めていたので柿色と呼ばれます。別名「團十郎茶」とも言うこの色は、二代目團十郎が衣装に用いて以来、市川家のイメージカラーです。

 

海老蔵の「にらみ」

市川團十郎家の役者は、口上の場で独特の儀式を行うことがあります。それは、口上の終わりに、裃の右の肩を脱ぎ、左手に三方(さんぼう。お供え物等を載せる台)を持って、客席を睨んでみせるというもの。これは「にらみ」と呼ばれる見得の一種で、市川家の中でも團十郎・海老蔵など一部の役者にしか許されない特別なものです(現在「にらみ」を披露できるのは海老蔵のみ)。

江戸庶民の間では、「にらみ」を受けると邪気が払われ無病息災に過ごせるとして大変評判で、古い文献には「團十郎のにらみで病気が治った」というエピソードまで残っているほど。一年の始まりにふさわしい「にらみ」とともに、2018年の観劇初めはいかがでしょうか。

 

「にらみ」のルーツは不動明王

歌舞伎をご覧になったことがない方でも、舞台上の海老蔵に、客席から「成田屋!」と声が掛けられるのはご存じのことでしょう。成田屋は市川家の屋号(一門の名前)で、これは成田山新勝寺(千葉県成田市。以下「成田山」)に由来します。市川團十郎は代々成田山を信仰していたため、古くから成田山の御本尊「不動明王」をテーマにした芝居を作って自ら演じていました。歌舞伎の見得は、不動明王を演じる團十郎が、その表情を真似て睨んだのが起源とも伝わります。

見得の一種である「にらみ」を、芝居の中でなく、口上の中で披露する慣わしは、江戸時代中期には既に行われていたようです。ちなみに、歴代の團十郎には「にらみ」の似合う大きな眼の役者が揃っていたことが古い役者絵などから分かっています。当代の海老蔵の眼力は皆さまもご承知の通り。息子の堀越勸玄もまたパッチリと大きな眼をしていますね!



不動明王の特徴は、忿怒の相(ふんぬのそう:激しい怒りの表情)をしていること。左右違う方向を見ている眼は「天地眼(てんちがん)」といって、右眼で天を、左眼で地を睨んでいるとも言われます。歌舞伎の「にらみ」は一見、寄り目のように見えますが、実は不動明王のように左右非対称な眼になっています。ぜひ劇場でお確かめください!


---------------------------


▼豆知識▼

二代目市川團十郎

初代市川團十郎はなかなか跡継ぎに恵まれず、成田山の御本尊=不動明王に祈願して授かったのが二代目團十郎と伝わっています。このため二代目團十郎は「不動の申し子」と呼ばれ、10歳の時、不動明王の役で初舞台を踏み大当たりをとりました。


(早稲田大学演劇博物館蔵/作品番号201-0503)


※掲載画像の無断複製や二次使用を固く禁じます

 

▼THUNDER LESSON! 記事一覧▼
https://thunderparty.jp/contents/thunder_lesson


▼THUNDER PARTY!トップページ▼
https://thunderparty.jp/