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【三國無雙瓢箪久】平成30年7月 歌舞伎座公演(昼の部)

通し狂言

三國無雙瓢箪久(さんごくむそうひさごのめでたや)

 

豊臣秀吉と瓢箪(ひょうたん)

7月歌舞伎座 昼の部の「三國無双瓢箪久(さんごくむそうひさごのめでたや)」。海老蔵が演じるのは、主人公の豊臣秀吉です。タイトルにある「瓢箪」は秀吉のシンボル!秀吉が、主君=織田信長から、手柄を立てた褒美(ほうび)として、瓢箪を馬印※にすることを許されたことに由来します。

※馬印:うまじるし。戦のとき、軍の大将がいる所を示すため、馬の横に立てた旗。


秀吉の馬印。今月の舞台でも小道具として使われています!
(『御馬印』 巻4 寛永年間[1624~1644]国立国会図書館所蔵)


農民から天下人となった豊臣秀吉。歌舞伎には、秀吉のサクセスストーリーや、そこから派生して、秀吉に敗れた明智光秀を描いたものがいくつもあります。

それらの作品から名場面を抜き出し、新たな演出で生まれ変わったのが「三國無双瓢箪久」。本能寺の変で、秀吉の主君=信長が死を遂げてから、信長の49日法要が行われるまでの約50日間が描かれます。


 

二幕目(小栗栖村竹藪の場~松下嘉兵衛住家の場)

本能寺で信長を自害に追い込んだのは、明智光秀。その頃秀吉は岡山県(備中)にいましたが、急いで京都に向かい、光秀に戦を仕掛けて勝利します。
負けて落ち武者となった光秀は、小栗栖村(おぐるすむら)で命を落としました。一説には「光秀は農民に竹やりで襲われた」とも伝わります。

二幕目に描かれるのは、この史実をベースにしたフィクションです。光秀が小栗栖村で最期を遂げると、この地に、散り散りになっていた光秀の妻、息子、家来らが、何かに導かれるように偶然に集まってきます。
さらに、光秀の味方=松下嘉兵衛(まつしたかへい)も登場。
しかし、実はこの嘉兵衛、昔は秀吉の主君! 秀吉は、「かつての主君への御恩」と、「敵の光秀」との板ばさみになるわけですが、さて、物語はいったいどのように展開するのでしょうか?


(京都には、光秀が襲われた場所として明智藪という藪が残っています。)


 

■三幕目 大徳寺焼香の場

秀吉が信長の後継者としての地位を固めたのが、大徳寺で行われた信長の法要でした。三幕目の舞台はこのお寺。信長の家臣たちが、信長の次男と三男、どちらを跡継ぎに押すかで対立するところ、秀吉が信長の孫=三法師(さんぼうし)とともに登場。信長の長男の血を引く正統の跡継ぎだと主張します。

海老蔵の祖父=11世團十郎は、「大徳寺」という作品の中で、秀吉を2度演じています。このうち1953年の上演時には、12世團十郎(海老蔵の父)が市川夏雄を名乗り、三法師の役で初舞台を踏みました。成田屋と縁が深い作品です。


 

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▼豆知識

市川團十郎家と瓢箪

瓢箪と秀吉の関係は最初にご紹介した通りですが、團十郎家にもゆかりがあります。
俳句を愛した二世團十郎は、松尾芭蕉を尊敬しており、芭蕉が米びつとして使っていた瓢箪を譲り受け愛用しました。これは市川家の家宝となり、後に瓢箪の文様を使った衣裳などもよく用いられるようになりました。


(「忠臣蔵十段目」「義平 市川団十郎」arcUP4170 立命館大学ARC蔵)

衣裳には、市川家の家紋/替紋にちなんだ三升、牡丹に加え、瓢箪の紋様も。
仮名手本忠臣蔵10段目 「天川屋義平 (七代目市川団十郎)」

 


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