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【勧進帳】令和元年5月 歌舞伎座(昼の部)

歌舞伎十八番の内
勧進帳
(かんじんちょう)

時は、源平の合戦の終わりごろ。戦で手柄を立てた源義経ですが、今、実の兄=源頼朝に命を狙われています。義経は家来とともに京の都を離れ、東北へ逃げることに。しかし、義経を捕らえようと各地に関所が置かれていて…。
「勧進帳」は、そんな義経たちが「安宅の関(あたかのせき)」(石川県小松市にあった関所)に差し掛かったときの物語。海老蔵が演じるのは、義経の家来=武蔵坊弁慶(むさしぼうべんけい)です。

 

勧進帳とは?

寺の修築などのために、寄付金を集める旨を書いた文書のこと。義経たちは、東大寺の再建に向け、資金集めをする山伏(修行僧)になりすましています。


平成28年 [2016] 年10月 安宅の関(石川県小松市/特設舞台)

弁慶含む家来たちは山伏に。義経は強力(ごうりき。荷物持ち)に変装しています。

 

安宅の関を守る番人は、富樫左衛門(とがしのさえもん)。“義経たちは山伏になりすましている”との情報を得ていて、監視の目を光らせています。ここに、義経たちがやって来ます。
 


明治12 [1879] 年2月 新富座(豊原国周 M348-11-3 都立中央図書館特別文庫室所蔵)

 

勧進帳の読み上げ

富樫は、弁慶に「本物の山伏なら勧進帳を持っているはず。読み上げてください。」と求めます。当然、勧進帳など持っているはずはありません。弁慶は白紙の巻物を取り出すと、それを勧進帳だと偽り、即興で内容を考え読み上げるのです。
さらに富樫は、山伏の心得などを弁慶に尋ねますが、弁慶は見事に答えて切り抜けます。


平成28 [2016] 年10月 浅草公会堂

頭には頭巾(ときん)、撫付(なでつけ)の鬘(かつら)、翁格子(おきなごうし)の着付、
黒地に金の梵字(ぼんじ)の水衣(みずごろも)、白の大口袴(おおくちばかま)

 

主君を打ち据える弁慶

無事に関所を越えられる!と思ったその時、関所の番卒(見張り役)が「強力が義経に似ている」と気付き、義経一行は呼び止められてしまいます。「お前のせいで疑われた」と義経を杖で打つ弁慶。無礼を承知で、何とか義経を助けようとしたのです。富樫は、この一行が義経たちだと悟りますが、主君思いの弁慶に心を動かされ、関所を通します。
関所を離れると、弁慶は涙を流します。「相手を騙す作戦とはいえ、主君を討ってしまいました」。
そんな弁慶に、義経は、優しく手を差し伸べるのです。

 

延年の舞

富樫が、立ち去った義経たちを追いかけ、酒を振る舞います。弁慶がお礼に「延年の舞」を披露した後、義経一行は北へと急ぎます。

 

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▼豆知識

・松羽目物(まつばめもの)

能や狂言をもとに作られた歌舞伎の作品は「松羽目物」と呼ばれ、衣裳や大道具も能や狂言を真似たものが用いられます。「勧進帳」は「松羽目物」の元祖で、七世團十郎が能「安宅」を歌舞伎に取り入れて完成させた作品。江戸時代、能は格式高い芸能で、武士以外の身分の人は観ることが許されませんでした。もちろん歌舞伎俳優も観ることができず、七世團十郎は「安宅」の取材に大変苦労したと伝わっています。


「勧進帳」弁慶=五世海老蔵=七世團十郎
嘉永5 [1852] 年9月 河原崎座(歌川豊国 [3世]  M341-19-1 都立中央図書館特別文庫室所蔵)

 

・附け(つけ)

歌舞伎では、俳優の動きに合わせて附けが打たれます。しかし、「勧進帳」では、幕が開いている間の附けは、弁慶の「石投げの見得」の時の1回だけ。七世團十郎が能を意識し、附けを用いない演出にこだわったことが今日まで受け継がれています。 

 

・飛び六方(とびろっぽう)

六方とは「歩く演技」のこと。東・西・南・北・天・地の六つの方向に手足を大きく伸ばして歩くことから、この名前があるとも言われます。狐六方、泳ぎ六方など様々な種類がありますが、中でも飛び六方は最も力強いもの。弁慶の飛び六方での幕外の引っ込みは、この作品の大きな見どころです。 


平成28 [2016] 年10月 浅草公会堂

飛び六方。右手と右足、左手と左足をそれぞれ同時に前に出す「ナンバ」という歩き方で進む。

 

 

・天覧劇(てんらんげき)

天皇陛下による歌舞伎のご観劇を「天覧劇」といいます。初めての天覧劇は明治20(1887年)のことで、この時上演された演目の一つが「勧進帳」でした。
弁慶が勧進帳を読み上げる場面で「ここに中頃(なかごろ)の  帝おわします  御名(おんな・みな)を聖武(しょうむ・しょうぶ)皇帝と申し奉る」 という時に番卒が一礼するのは、その天覧劇で、出演者たちが明治天皇に頭を下げたことが型として残り、今日に伝わるものです。当時弁慶を演じていたのは、9代目市川團十郎。天覧劇によって歌舞伎の社会的地位は大きく向上し、日本の伝統芸能と位置付けられるようになりました。新天皇即位の当月、ゆかりのある演目の上演となります。 

 

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